七月六日はサラダ記念日
2025年7月1日(火)|投稿者:kclスタッフ
「この味が いいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
(『サラダ記念日』より)
こんにちは、志るべです。
暑くなってきましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
俵万知さんの歌集『サラダ記念日』は、一大短歌ブームを巻き起こしました。
出版されたのは昭和62年(1987)。もう38年前になるのですね。
国語の授業で習った、という方もおられるかもしれません。
短歌といえば、なじみがあるのはせいぜい百人一首。文語で書かれた歌は、言葉の響きは美しいけれど意味がよくわからない・・・ そんな印象をガラリと変えてくれたのが『サラダ記念日』でした。日々のできごとが今の言葉で詠まれ、失恋だって明るくさらりと表現されています。
「こんな風に詠んでいいんだ!」と新鮮な驚きを感じたものです。毎日を記念日にして、指折りながら言葉をひねり出したりして。
時は流れ、今また令和の短歌ブームが起きています。若者の短歌人口もかなり増えているのではないでしょうか。SNSの力は大きいですが、雑誌への投稿も人気があります。
最初にご紹介するのはこちら。

『すごい短歌部』(木下 龍也/著 講談社 2024.11)
文芸誌「群像」の連載記事「群像短歌部」を書籍化したものです。
読者から寄せられた短歌を歌人の木下さんが選び、講評を加えています。木下さんも同じテーマで短歌を詠み、自身の作品は完成形だけでなく、最初にできた短歌から完成作品までを順に並べ、変化を分析しています。作品作りの手の内を見せてくれることで、作者が何を感じ、どのように推敲していったのかがわかるようになっています。テーマに合わせて詠むにはどうすればいいのか等、短歌初心者へのヒントも示されています。とはいえ、短歌に公式はないのだそうです。
ところで、短歌を詠むには題材が必要です。
短歌や俳句の世界では、題材を求めて「吟行」という名の遠足に出かけます。
次の1冊はこちら。

『短歌遠足帖』(東 直子/著,穂村 弘/著,岡井 隆/[ほか述] ふらんす堂 2021.2 )
歌人のお二人、東直子さんと穂村弘さんがゲストとともに短歌遠足に出かけます。どこかに出かけ、何かを見て、会話をして、短歌を詠んで、感想を伝えあう、そんな様子がつづられています。
歌人の岡井隆さんと行く動物園への遠足に始まり、小説家の朝吹真理子さんと鎌倉へ、脚本家の藤田貴大さんと東京タワーへ、漫画家の萩尾望都さんと上野公園へ、そして最後は芸人の川島明さんと行く大井競馬場で締めくくられています。
仲間とどこかに出かけて短歌を詠む「短歌遠足」、なんだか楽しそうですね。
ただし、その場で詠んで発表するというのは、かなりのプレッシャーではありますが。
歌人の穂村さんといえば、前回のブログで「たがね」が紹介したあんこのエッセイ「あんパン」(『ずっしり、あんこ』に収録)を書かれた方です。穂村さんは絵本もたくさん翻訳しています。どうしても絵本のつづきを読んでほしいオオカミのお話『このほんよんでくれ!』は言葉と絵がぴったりで、翻訳であることを忘れてしまいます。穂村さん人気です。
最後にご紹介するのは短歌を題材とした小説です。

『うたうとは小さないのちひろいあげ』(村上 しいこ/著 講談社 2015.5)
高校生の桃子は、親友の綾美が不登校になった原因は自分にあるという思いを抱えながら学校生活を送っていました。そんな桃子があるきっかけで「うた部」に入部することになり、うた部での人や短歌との出会いによって桃子も、そして綾美も変わっていきます。
著者の村上しいこさんは三重県の方で、子どもたちに向けて数々の作品を発表されています。
村上さんは、平成13年(2001)に毎日新聞《小さな童話大賞》で「俵万智賞」を受賞し、それかきっかけで童話作家としてデビューされました。それから14年がたち、『うたうとは小さないのちひろいあげ』が出版されました。短歌とのご縁を感じますね。
あとがきには、「あの時、賞に選んでくれた俵万智先生に少しは恩返しができるような作品になったかな」と書いておられます。
ちなみにこのお話の中で短歌遠足はピクニック短歌、「ピク短」という言葉で表現されています。
みなさまも「短歌遠足」もしくは「ピク短」に出かけて、一首いかがでしょうか。
<紹介・参考資料>
『サラダ記念日』(俵 万智/著 河出書房新社 1987.5)
『すごい短歌部』(木下 龍也/著 講談社 2024.11)
『短歌遠足帖』(東 直子/著,穂村 弘/著,岡井 隆/[ほか述] ふらんす堂 2021.2 )
『うたうとは小さないのちひろいあげ』(村上 しいこ/著 講談社 2015.5)
『ずっしり、あんこ』(青木 玉/[ほか]著 河出書房新社 2015.10)
『このほんよんでくれ!』(ベネディクト・カルボネリ/文,ミカエル・ドゥリュリュー/絵,ほむら ひろし/訳 クレヨンハウス 2019.7)
<志るべ>
和菓子をたのしもう!
2025年6月12日(木)|投稿者:kclスタッフ
はじめまして、たがねと申します。
新しくブログを担当させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いします。
さて、私の名前「たがね」は桑名名物のたがねせんべいからいただきました。歯ごたえのある食感とたまり醤油の味がクセになる美味しさですよね。
せんべいといえば和菓子の仲間ですが、みなさんは6月に「和菓子の日」という記念日があるのをご存じですか?
6月16日の和菓子の日は、全国和菓子協会によって昭和54年(1979)に制定されました。これは、厄除けを願ってこの日に和菓子を食べる「嘉祥菓子(かじょうがし)」の習わしを由来としています。この風習が始まったのは平安時代。疫病が蔓延した日本で年号を「嘉祥」と改め、その年の6月16日に、16個の和菓子を神前に供えて疫病除けを祈ったとされています。江戸時代には「嘉祥の日」として親しまれ、江戸城では2万個もの和菓子が大名や旗本にふるまわれたそうです。
(『季節を愉しむ366日』 三浦 康子/監修 朝日新聞出版 2022.3 より)
ということで、今回は和菓子に関する本をいくつかご紹介したいと思います。
和菓子といえば、味だけでなく季節感あふれる美しい見た目も楽しみのひとつですよね。
最初にご紹介するのは、目で楽しむ和菓子の世界をじっくり味わえる、こちらの本です。

『江戸時代の和菓子デザイン』( 中山 圭子/著 ポプラ社 2011.4)
この本は、徳川家御用達の菓子屋が残した菓子絵図帳をもとに、植物や動物、自然などのモチーフ別に再構成されたカラーデザイン集です。
江戸時代、花鳥風月をかたどった上品な和菓子は裕福な上流階級だけが味わえる高級品でした。そうした「上菓子(じょうがし)」を注文する際に使われたのが、菓子絵図帳です。
本書では、当時の職人たちが工夫を凝らした意匠や、季節感あふれる華やかなデザインが多数紹介されています。植物や風景だけでなく、動物や文様、名所までもが菓子の意匠に取り入れられており、和菓子の表現の幅広さに改めて驚かされます。
和菓子が単なる「食べもの」ではなく、芸術品として人々の心を豊かにしていたことが、ページをめくるたびに伝わってくる1冊です。
和菓子のデザインの奥深さを感じたところで、次にご紹介するのは、素朴だけど実は奥が深い「ようかん」を掘り下げるこちらの本です。

『ようかん』(虎屋文庫/著 新潮社 2019.10)
「ようかん」と聞くと、どこか地味なお菓子という印象を持つ方もいるかもしれません。甘くて固くて、昔ながらのおやつ、そんなイメージがこの本を読むと大きく変わります。ようかんで有名な株式会社虎屋の資料室である虎屋文庫が監修した本書は、ようかんの起源から現代に至るまでの歴史を丁寧に紐解き、四季折々の美しいようかんのデザインや、全国各地の名物ようかんを紹介しています。
特に印象的だったのは、ようかんにも季節の風物や自然を色とりどりに表現する文化があること。色や形、素材の組み合わせによって、桜の花や流水、月の光などを描き出すようかんは、まさに「食べられる芸術品」です。さまざまなデザインのようかんや、その意匠を記した菓子見本帳がカラーで豊富に収録されています。
さらに、ようかんの名前の由来や製法の変遷といった、知的好奇心をくすぐる内容も盛りだくさん。和菓子好きはもちろん日本の文化や美意識に関心のある方にもぜひ手に取っていただきたい1冊です。
さて、和菓子で大活躍するものといえばあんこ! さまざまな和菓子に使われていて、粒あん、こしあんをはじめ種類も豊富です。
次に紹介するのはそんな「あんこ」に注目した1冊です。

『究極のあんこを炊く』 (芝崎 本実/実験・検証・菓子作製・文 女子栄養大学出版部 2024.11)
あんこを炊くときに「びっくり水」や「渋きり」は本当に必要なのか。そんな疑問に科学の視点から向き合ったのが本書、『究極のあんこを炊く』です。
和菓子職人としての経験を持ちながら、調理科学の研究者でもある著者が、伝統技術を丁寧に検証し、「究極のあんこ」を理論と実験で導き出していきます。
基本の粒あん、こしあんに加えて、白あん、うぐいすあん、さらにはくるみあんやミルクあんとアレンジレシピも充実。
見た目にもわかりやすいプロセス写真が豊富に載っていて、初心者から上級者まで楽しめる内容になっています。
和菓子作りをより深く理解したい方にぴったりの、実践と知識が詰まった1冊です。
最後にご紹介するのは、あんこへの愛がたっぷり詰まったこちら。

『ずっしり、あんこ』 (青木 玉/[ほか]著 河出書房新社 2015.10)
こちらは、芥川龍之介、手塚治虫、糸井重里や上野千鶴子といった多彩な作家や文化人による、「あんこ」にまつわるエッセイを収めたアンソロジーです。
おはぎ、ようかん、たい焼きなど、さまざまな和菓子の思い出や、日常の中での甘味とのかかわりが、それぞれの筆致で綴られています。
なかでも私の印象に残ったのは、歌人である穂村弘さんの「あんパン」。駅の売店であんパンを買った何気ない場面から始まりますが、エッセイらしからぬ奇想天外な展開に引き込まれ、夢中で読み進めてしまいました。
同じ「あんこ」というテーマでも、書き手によって語り方はさまざま。まるで、どのお菓子になるかで表情を変えるあんこのようです。気になる作家のエッセイから、ちょっとつまんで読んでみるのもおすすめです。
今回ご紹介した本以外にも、図書館にはたくさん和菓子に関連した本があります。ぜひ探して読んでみてください。
和菓子の本をたくさん読んだので、無性に食べたくなってきました。今年の嘉祥の日には、和菓子を食べて健康を祈願してみたいと思います。みなさんもぜひ嘉祥の日を楽しんでみてください!
<参考資料>
『季節を愉しむ366日』(三浦 康子/監修 朝日新聞出版 2022.3)
『江戸時代の和菓子デザイン』(中山 圭子/著 ポプラ社 2011.4)
『ようかん』(虎屋文庫/著 新潮社 2019.10)
『究極のあんこを炊く』(芝崎 本実/実験・検証・菓子作製・文 女子栄養大学出版部 2024.11)
『ずっしり、あんこ』(青木 玉/[ほか]著 河出書房新社 2015.10)
<たがね>
疲れと悩みに寄り添う本
2025年5月6日(火)|投稿者:kclスタッフ
こんにちは、しちりです。
新年度が始まって1か月が経ちましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?
新しい環境になる人もいれば、新しい人を迎え入れる人もいるかと思います。
中には、忙しく働き、疲れたり神経をすり減らす1か月を過ごした方もいるのではないでしょうか?
環境の変化で、疲れや悩みが出てくる時でもありますね。
今回は、そんな時に寄り添ってくれる本をご紹介したいと思います。
まず、1冊目はこちら。

『挫折しそうなときは、左折しよう』 マーク・コラジョバンニ/文,ピーター・レイノルズ /絵,成田 悠輔/訳 光村教育図書 2023.5
だじゃれ? と思わず笑ってしまいそうな絵本ですが、不安に思っている時には逆にこの楽しい題名がいいのかもしれません。
誰でも挫折しそうな時はありますよね。これでいいのかな? また失敗しちゃうかな? 私たちは日々考えながら過ごし、決断しなくてはいけません。不安を感じる時もあると思います。
そんな時、どうすればいいのか?
そう、「左折する」のだそうです。
これだけだと??? と思うかもしれませんが、読んでいただければ、「左折する」とはどういうことなのかがよくわかります。
自分の気持ちの整理の仕方や前向きに考えるヒントが、わかりやすく描かれており、読んだ後には心がすーっと軽くなります。
「左折」の意味をかみしめることができます。
絵本ではありますが、大人でも充分に堪能できる内容です。親子で読んでも楽しめます。
経済学者で起業家の成田悠輔(なりた ゆうすけ)さんが、翻訳をされているのも注目です。
次はこちら。

『休養学』 片野 秀樹/著 東洋経済新報社 2024.3
仕事、家事、育児、介護等、私たちは日々忙しく働いています。
疲れていてもやることがたくさんあって休めない。
休んでも疲れがうまくとれない。
そんな人もいるのではないでしょうか?
そんな方に読んでいただきたいのが、この本です。
休み方を20年間考え続けた著者が、「疲れとは何か」、「疲れているのに休まずにいるとどうなるのか」、「どんな休み方をすればよいのか」を解説してくれます。
だらだらと寝ているだけでは、疲れはとれません。
疲れのメカニズムと対処法を正しく理解することで、上手に疲労を回復し、自分に休養を与え、生活の質まで向上することができます。その秘訣がこの本には詰まっています。
身体だけでなく、考え方も前向きになる休養の方法で、毎日を生き生き過ごしてみませんか?
最後の1冊はこちらです。

『だれかに、話を聞いてもらったほうがいいんじゃない?』 ロリ・ゴットリーブ/著,栗木 さつき/訳 海と月社 2023.4
この作品は著者自らの経験を書き記したものです。彼女は、現役のセラピストであり、作家の仕事もこなすシングルマザー。
そのセラピストがセラピーに通うという、なんとも不思議な内容です。
彼女のところには、さまざまな人が患者としてやってきます。
暴言をはきまくるハリウッドのプロデューサー、結婚直後に癌で余命を宣告された女性、離婚歴のあるうつ病の女性等々。
彼女はセラピストとして、これらの患者に真正面から向き合い、信頼関係を築くために懸命に寄り添い、的確なアドバイスを繰り出します。
忙しいながらも充実した日々を送っていました。
ところが、つきあっていた彼氏が突然別れを宣告し、彼女のもとを去ってしまいます。
さあ大変。
友人に勧められ、セラピーを受けることになるのですが、いざ自分が患者の立場になると、ひたすら元カレを非難し続け、泣きわめき続ける…。
セラピストとしての、冷静で努力家の著者の姿はどこにいったの? と思うくらいの取り乱しようです。
彼女を担当した男性セラピストは、今までのセラピストの手法とはかなり違うやり方をする、変わった人物でした。そんな彼は、著者の真の悩みをズバリと言い当て、彼女をドキリとさせます。彼女は、反発しながらもセラピーに通うことになるのですが…。
セラピストとして患者と向き合い、一方で患者としてセラピストと対峙する彼女。一体どうなるのか、目が離せない展開に引き込まれます。
やがて、著者自身と彼女の患者たちが、それぞれ自分の悩みと向き合い乗り越えていく場面では、セラピストと患者の強い絆を感じることができ、感動で涙がとまりませんでした。
人は、深い悲しみや悩みを抱えていても、自分自身で再生することができる、そんな自信をつけさせてくれる本です。
今回は、3冊の本をご紹介しました。
疲れた時、不安になる時、あなたに寄り添い、あなたの心を癒してくれる本がきっとあると思います。
図書館でじっくりゆっくり本を読んでいただければ幸いです。
<紹介資料>
・『挫折しそうなときは、左折しよう』 マーク・コラジョバンニ/文,ピーター・レイノルズ /絵 成田 悠輔/訳 光村教育図書 2023.5
・『休養学』 片野 秀樹/著 東洋経済新報社 2024.3
・『だれかに、話を聞いてもらったほうがいいんじゃない?』 ロリ・ゴットリーブ/著,栗木 さつき/訳 海と月社 2023.4
<しちり>
妖刀村正と呼ばれる理由
2025年4月8日(火)|投稿者:kclスタッフ
こんにちは、なばなです。
史上二度目の大阪万博の開催が目前に迫ってきました。
今回の万博では関西パビリオンの三重県ブースで、なんと、桑名宗社に奉納されている村正の太刀が展示されるそうです。
桑名宗社の村正が選出されるとは…
驚きですが、桑名市民にとっては喜ばしいことですね。
村正を鍛刀した千子村正は、桑名で活躍した刀匠でした。 そして、千子村正の刀派は千子派と呼ばれ、代々村正の名を継ぎ、優れた刀をいくつも作りました。
今回展示されるのは、二代目村正が制作した二振りの太刀です。
それぞれに「勢州桑名郡益田庄藤原朝臣村正作/天文十二天癸卯五月日」と銘があり、一方の鎬地(しのぎじ)には「春日大明神」、もう一方には「三崎大明神」と刻まれています。
この二振りは第二次世界大戦の時、当時の宮司により刀身を保護するために漆が塗られました。
長年そのままでしたが、令和元年(2019)に「春日大明神」の一振りが研磨され、本来の美しい刀身を取り戻しました。
今回、この「春日大明神」の太刀が展示され、もう一振りの「三崎大明神」の太刀も研磨・修復後に展示される予定です。
全国的に「名刀村正」として知られている村正ですが、もう一つ別の呼称があります。
それは「妖刀村正」です。
なぜ、 村正の刀が「妖刀」と呼ばれるようになったのか。
それは、村正が、徳川家康の祖父、父、妻といった一族の死因、負傷の原因となり、さらには家康自身が、村正によって負傷したという逸話があるからです。
これにより村正は、将軍徳川家に禍をもたらす「妖刀」とされました。
けれども客観的に見て、この話は正しいといえるのでしょうか?

『村正 伊勢桑名の刀工 刃文にやどる「妖刀」の虚と実』(桑名市博物館/編集 桑名市博物館 2016.9)
こちらは桑名市博物館の特別企画展の図録です。
逸話の元になった事件は、『徳川実紀』(歴代将軍の事歴を叙述した史書)に記録があるものの、使われた刀については不明瞭な点もあり、すべての刀が村正だったかは断言できない、とあります。
『三重県刀工・金工銘鑑』には、徳川家の本拠地である岡崎は桑名に比較的近く、よく切れると評判の村正の刀は、広く岡崎の武士の手に渡っていたため、村正による事件も多かったのではないか、と述べられています。
岡崎の武士を率いる立場の徳川家は、特に村正で怪我をしやすい環境にあったと考えられますね。
その結果、家康は村正に対して、次々に一族を傷つける不吉さを感じたのかもしれません。
つまり、岡崎の武士に人気があったばかりに、徳川一族に禍をもたらす刀と言われるようになったわけで...
村正、とばっちりでは…? と言いたくなりますね。
さらに『村正 伊勢桑名の刀工 刃文にやどる「妖刀」の虚と実』には、『徳川実紀』の記録を見ると村正の刀を忌むことが、幕府内の慣習として定着していたとみて間違いない、と記されています。
いずれにせよ、幕府に村正の刀を不吉とする見方は浸透していったようです。
また、時が経つにつれ、村正の逸話は変化していきました。
徳川家にとって不吉な刀から、徳川家に限らず怪我をさせる刀へと変わっていったのです。
江戸の世間話を書き溜めた随筆集「耳嚢(みみぶくろ)」(南町奉行・根岸 鎮衛[ねぎし・しずもり]/著)には、当時の村正の逸話があり、その変化が確認できます。(『日本庶民生活史料集成 第16巻 奇談・紀聞』収録)
その上、追い打ちをかけるように、戯曲や芝居などの創作物で、村正が凶器として取り上げられました。
村正、とばっちり、再び…
村正の刀による悲劇を演じた「大願成就殿下茶屋聚(たいがんじょうじゅてんがちゃやむら)」や「八幡祭小望月賑(はちまんまつりよみやのにぎわい)」などの歌舞伎が続々と登場しました。
歌舞伎は当時は大人気でしたので、妖刀村正が世間に広まるのも早かったのでしょう。
手にするのもためらわれる村正ですが、むしろ「徳川家に忌避された刀」であることが好まれ、幕末には討幕派の武士が村正を求めるということもあったようです。

『特別企画展 村正Ⅱ 村正と五箇伝』(桑名市博物館/編集 桑名市博物館 2018.10)
こちらには、官軍の中心人物の有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみや・たるひとしんのう)、三条実美や西郷隆盛などが村正を所持していたとあります。
村正にすれば「そんな験担ぎされても…」という思いかもしれませんが。
こうして現在に至るまで妖刀の逸話が広まってしまった村正ですが、刀自体はどの時代においても高く評価されました。
徳川幕府に仕えながらも、その実用性と美しさに魅了されて密かに所持していた武士も少なくありませんでした。
忌避されていたはずなのに、徳川家所蔵の刀の中にも村正は残っています。
「名刀」故に「妖刀」と呼ばれるようになり、「妖刀」と呼ばれてもなお求められた村正の刀。
だからこそ、その魅力は「妖刀」と呼ばれるのにふさわしい気もします。
大阪万博に行かれる際は、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
<参考資料>
『三重県刀工・金工銘鑑』(田畑 徳鴦/著 三重県郷土資料刊行会 1989)
『村正 伊勢桑名の刀工 刃文にやどる「妖刀」の虚と実』(桑名市博物館/編集 桑名市博物館 2016.9)
『特別企画展 村正Ⅱ 村正と五箇伝』(桑名市博物館/編集 桑名市博物館 2018.10)
『桑名の伝説・昔話』(近藤 杢/編,平岡 潤/編 桑名市教育委員会 1965)
『日本名刀物語』(佐藤 寒山/著 白凰社 1962.6)
『日本刀名工伝』(福永 酔剣/著 雄山閣 2022.2)
『日本刀工刀銘大鑑』(飯田 一雄/著 淡交社 2016.3)
『日本刀の教科書』(渡邉 妙子/共著,住 麻紀/共著 東京堂出版 2014.10)
『刀剣画報 村正・蜻蛉切と伊勢桑名の刀』(ホビージャパン 2023.12)
『日本庶民生活史料集成 第16巻 奇談・紀聞』(谷川 健一/編集委員代表 三一書房 1970.10)
<なばな>
春の見つけかた
2025年3月3日(月)|投稿者:kclスタッフ
こんにちは、志るべです。
日差しに春のぬくもりが感じられるようになってきた今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
春風に誘われて「今日は薄手のコートで行こう!」と外に出て、「やっぱりまだ早かった・・・」ってことありませんか?
春の見極めはむずかしい。
この季節、口ずさみたくなる歌に「早春譜」があります。
♫春は名のみの 風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず 時にあらずと 声も立てず♫(『学園愛唱歌選集 ピアノ伴奏編』より)
三月に入るとウグイスは忘れずに鳴き始めます。
春の訪れをじっと待って、「今」という時に鳴く。
人間はついその日の気温に惑わされ、薄着をして風邪をひいたりしますが、鳥たちはもう少し冷静に「時」を判断しているようです。
ではいったいどうやってその時を知るのでしょう?
動物行動学者の日高先生にきいてみましょう。
日高さんは小さい頃から虫が大好きな昆虫少年でした。その後もさまざまな生き物の研究をつづけ、動物行動学者になりました。
動物の行動を調べると、その動物がどのように環境に適応しているのか、どのような社会を作っているのか、ほかの種とどのような関係を持っているのかなど、たくさんわかることがあるそうです。
『春の数えかた』(日高 敏隆/著 新潮社 2001.12)
日高さんは滋賀県立大学の学長として彦根で多くの時を過ごされました。
こちらは、その時に書かれた文章をまとめた一冊です。
とてもわかりやすく書かれ、この作品で第50回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞されています。
さて、ウグイスです。
小鳥が、日長(ひなが)、つまり一日の内の昼の長さで季節を知ることは半世紀以上前に実験的に明らかにされているそうです。
けれど日長は気温とは関係がない。
日の長さではもう春でも、年によってはまだ寒い日が続くこともある。
日高先生によると、生き物たちは温度を積算しているというのです。
寒い日が三日続いたら、その後四日温かい日が続く。
三寒四温を経て次第に春になっていきます。
その揺れ動く毎日の気温に反応するのでなく、鳥や虫たちは気温を積算している、と。
それもただ足していくのではなく、ある一定温度より低い、極端に寒い日の気温は数えません。この一定の温度は発育限界温度と呼ばれているそうです。
そして、積算した気温の総量が一定値を越えると、虫たちは、ああ春になったなと感じ、卵から孵ったり、サナギが幼虫になったりするというのです。
くわしくは、本文をご覧くださいね。
ところで、わたしたちに春を感じさせてくれる「ホーホケキョ」の声。
ヒナは自然にさえずることができるようになるのでしょうか?
それとも学習の賜物?
もう一度、日高先生に聞いてみましょう。

『生き物たちに魅せられて』(日高 敏隆/著 青土社 2014.10)
こちらでは、ウグイスだけでなくチョウにカエル、クジャク、トンボ、イヌ、ネコ、ゾウといろいろな動物たちの不思議でおもしろい行動について語られています。日高さんの生き物への興味、愛情が詰まった一冊です。
さて、ウグイスです。
ウグイスのオスが大人になったら「ホーホケキョ」と鳴くことは、決まっているのだそうです。遺伝的にプログラムされている、と。
けれど自然にさえずれるようになるかというとそうではなくて、やっぱり親のさえずりを聞いて学習しなければなりません。隔離して何も聞かせないでおくと、大人になっても「ホーホケキョ」とは鳴きません。
それもカラスの声には無関心で、ウグイスの声を聞かせると熱心に学習するというのです。
おもしろいですね。
みなさんは、春の訪れを何に感じますか?
ここ桑名で春を知らせるといえば、白魚。
あの芭蕉さん(松尾芭蕉)も旅の途中で桑名を訪れ、白魚の句を詠んでいます。
貴重な白魚、どうやっていただきましょうか。
ふっくらと卵でとじた白魚丼には、はまぐりのお吸い物を添えて・・・
かき揚げもいいですね。
やっぱり、溜まり醤油と砂糖で炊き上げた紅梅煮でしょうか。
『三重の味 千彩万彩』によると、白魚は過熱すると白くなるけれど、溜まり醤油で煮るとほんのり赤みを帯びて、紅梅を思わせる色合いとなるところから紅梅煮と名付けられたとか。
ちょっとお高いですが、春を味わいたい一品です。
気温を積算する能力は備わっていませんが、人間も動物です。
自分の五感を信じて、春を見つけに出かけましょう。
ただし、風邪をひかないよう、くれぐれも着るものにはお気をつけくださいね。
<参考資料>
『学園愛唱歌選集 ピアノ伴奏編』(松山 祐士/編 ドレミ楽譜出版社 1994.12)
『春のかぞえ方』(日高 敏隆/著 新潮社 2001.12)
『生き物たちに魅せられて』(日高 敏隆/著 青土社 2014.10)
『三重の味 千彩万彩』(みえ食文化研究会/編集 みえ食文化研究会 2006.6)
<志るべ>